2006年07月20日

影は咲く

影は咲く


そのかげは ひかりをうばへり
おともなく たたずみつ
しどろにも
ひかりをうばへり

この日われに耳なくて
そのかげは
しきりにも みだれさきけり


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鏡にうつる裸体

鏡にうつる裸体


鏡のおもてに
魚(うを)のやうに ゆらゆらと うごくしろいもの、
まるいもの、ふといもの、ぬらぬらするもの、べつたりとすひつきさうなもの、
夜(よる)の花びらのやうに なよなよと およぐもの、さては、うすあかいけもののやうに
のつぺりとしてわらひかけるもの。
ひろひ鏡のおもてに
ゆきちがひ、すれちがひ、からみあふもの、
くずれちる もくれんの花のやうに
どろどろに みだれて悲しさをいたはり、
もうもうとのぼるかげろふの青みのふかさに、
つつみきれない肉のよろこびを咲きほこらせる。
ああ、みだれみだれて うつる白いけむりの肉、
ぼつてりとくびれて、ふくふくとあがる肉の雨だれ、
ばらいろの蛇、みどり色の犬、
ぬれたやうにひかるあつたかい女のからだ、
ぷつくりとゑみわれる ぼたんの花、
かげはかげを追ひ、
ひかりはひかりをはしらせ、
つゆをふくんでまつくろなゆめをはらませるもの
につちやりと、うたれたやうな音をたてて、
なまめかしいこゑをもらす白いおもいもの、
あのふくれた腹をごらんなさい。
うう、ううとけもののうめきにも似て命をさそふ嘆息のエメロード、
まるくつて、まるくつて、
こりこりと すばやく あけぼのの霧をよぶやうなすずしいもも、
よれよれにからみつく乳房のあはあはしさ、
こほろぎのなくやうに 溶けてゆく
足の指のうるはしさ、
………………。
くるぶしはやはらかくゆらめいて
あまくあまくわたしの耳をうつ。

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輝く城のなかへ

輝く城のなかへ


みなとを出る船は黄色い帆をあげて去つた。
嘴(くちばし)は木の葉の群をささやいて
海の鳥はけむりを焚いてゐる。
磯辺の草は亡霊の影をそだてて、
わきかへるうしほのなかへわたしは身をなげる。
わたしの身にからまる魚のうろこをぬいで、
泥土に輝く城のなかへ。


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2006年07月16日

蛙の夜

蛙の夜


いつさいのものはくらく、
いつさいのおとはきえ、
まんまんたる闇の底に、
むらがりつどふ蛙のすがたうかびでた。
かずしれぬ蛙の口は、
ぱく、ぱく、ぱく、ぱく、……とうごいて、
その口のなかには一つ一つあをい星がひかつてゐる。


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蛙にのつた死の老爺

蛙にのつた死の老爺


灰色の蛙の背中にのつた死が、
まづしいひげをそよがせながら、
そしてわらひながら、
手をさしまねいてやつてくる。
その手は夕暮をとぶ蝙蝠のやうだ。
年をとつた死は
蛙のあゆみののろいのを気にもしないで、
ふはふはとのつかつてゐる。
その蛙は横からみると金色(きんいろ)にかがやいてゐる、
まへからみると二つの眼がとびでて黒くひかつてゐる。
死の顔はしろく、そして水色にすきとほつてゐる。
死の老爺(おやぢ)はこんな風にして、ぐるりぐるりと世界のなかをめぐつてゐる。

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怪物

怪物


からだは翁草(おきなぐさ)の髪のやうに亜麻色の毛におほはれ、
顔は三月の女鴉(をんなからす)のやうに憂欝にしづみ、
四つの足ではひながらも
ときどきうすい爪でものをかきむしる。
そのけものは ひくくうめいて寝ころんだ。
曇天の日没は銀のやうにつめたく火花をちらし、
けもののかたちは 黒くおそろしくなつて、
微風とともにかなたへあゆみさつた。


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思ひ出はすてられた舞踏靴

思ひ出はすてられた舞踏靴


それは わたしの心にくろいさくらの咲きつづく
うすぐもりした春の日でした。
みどりの小石をつづつて
しろい小羽根のしたにあたためてゐたのに、
おともなく
あらしのまへのそよかぜのやうに、
あなたのすがたはみえなくなつてしまひました。
あなたの白文鳥(しろぶんてう)のやうなみぶりが、
きえたわたしの橋のうへに
たえだえにすぎてゆきます。
さきこぼれるしろばらのゆふやみのやうなあなたのかほは
わたしの手鏡のなかに
ふしぎな春のぼんぼりをともしてゐます。
まどろみからさめたあなたの指が
みがかれた象牙のやうにあをじろんで、
ほろにがい沈丁花(ぢんちょうげ)のにほひをうつしてゐます。
ああ 思ひではすてられた銀の舞踏靴のやうに
くさむらのなかによろけながら、
月のかげをおしつぶしてゐます。
ただ あなたの指にふれたばかりで
はかなくわかれてしまつた恋人よ、
わたしは蜘蛛のやうにきずつけられて、
まだらのみを
風のなかにうごかしてゐるのです。

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2006年07月14日

おまへの息

おまへの息


こひびとよ、
おまへの息のかよふところに
わたしはびつしよりとぬれてゐたい。
おまへの息は
はるのひの あさのすずかぜ、
また うつろひのかげをめぐる
うすむらさきのリラのはな。
こひびとよ、
あをい花のやうに とけるここちの おまへの息は
かぎりない糸をつないで めぐります、
また 鏡のやうに わたしのこころをうつします。

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お前の耳は新月

お前の耳は新月


おまへの耳は新月のやうである。
おしろいにいろどられ、
ほのあをく さみしく かなしく
また つつましく 媚(こび)にあふれ、
しめやかに なよなよとして、
みなつきの ゆふべのなかにうかんでゐる。


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をとめの顔

をとめの顔


あなたのかほは けだかい仏像のやうに
そうそうとしたひかりのわなにかこまれ、
おもはゆげにふしめして、
あかるくわたしの胸をてらす。

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2006年07月13日

落葉のやうに

落葉のやうに


わすれることのできない
ひるのゆめのやうに むなしさのなかにかかる
なつかしい わたしのかなしみが
おまへの こころのすみにふれないとしても、
わたしは 池のなかにしづむ落葉のやうに
くちはてるまで おもひつづけよう。
ひとすぢの髪の毛のなかに
うかびでる はるかな日のこひびとよ、
わたしは たふれてしまはう
おまへの かすかなにほひのただよふほとりに。


posted by Ventvert at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 大手拓次の詩作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

黄金の闇

黄金の闇


南がふいて
鳩の胸が光りにふるへ、
わたしの頭は醸された酒のやうに黴の花をはねのける。
赤い護謨(ごむ)のやうにおびえる唇が
力(ちから)なげに、けれど親しげに内輪な歩みぶりをほのめかす。
わたしは今、反省と悔悟の闇に
あまくこぼれおちる情趣を抱きしめる
白い羽根蒲団の上に、
産み月の黄金(わうごん)の闇は
悩みをふくんでゐる。

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憂はわたしを護る

憂はわたしを護る


憂はわたしをまもる。
のびやかに此心がをどつてゆくときでも、
また限りない瞑想の朽廃へおちいるときでも、
きつと わたしの憂はわたしの弱い身体(からだ)を中庸の微韻のうちに保つ。
ああ お前よ、鳩の毛並のやうにやさしくふるへる憂よ、
さあ お前の好きな五月がきた。
たんぽぽの実のしろくはじけてとぶ五月がきた。
お前は この光のなかに悲しげに浴(ゆあ)みして
世界のすべてを包む恋を探せ。

posted by Ventvert at 10:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 大手拓次の詩作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月05日

海のふかみをたたへ

海のふかみをたたへ


その珠は しろくうるはしく
あをうみの深みをたたへ
しづかなる こずゑの姿に似たり
もの いまだ あらはれず
ひびきのみ けはひにつたふ


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海鳥の結婚

海鳥の結婚


大きな緋色の扇をかざして、
空想の海は大声にわらふ。
濃い緑色の海鳥の不具者、
命の前にかぎりない祈祷をささげ、
真夏の落葉のやうに不運をなげく。
命はしとやかに馬の蹄をふんで西へ西へとすすみ、
再現のあまい美妙はいんいんと鳴る。
眠りは起き、狂気はめざめ、
嵐はさうさうと神の額をふく。
永劫は臥床(ふしど)から出て信仰の笑顔に親しむ。
空想の海は平和の祭礼のなかに
可憐な不具者と異様のものの媒介(なかだち)をする。

寂寥の犬、病気の牛、
大理石の女の彫像に淫蕩な母韻の泣き声がただよふ。
唇に秋を思はせる姦淫者のおとなしい群よ、
悪の花の咲きにほふひと間(ま)をみたまへ、
勝利をほころばす青い冠、
女の謎をふせぐ黄金の円楯よ、
恋の姿をうつす象牙の鏡、
宝玉と薫香と善美をつくした死の王衣よ。
海鳥の不具者は驚異と安息とに飽食し、
涙もろい異様のものを抱へてひざまづく。

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うまれざる花

うまれざる花


うまれざる花を
われは抱(いだ)けり
こころ しぐれのなかに
にほひをおぼゆ


posted by Ventvert at 11:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 大手拓次の詩作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

馬にゆられて

馬にゆられて


すべてのよは
いただきのうつろからのがれ、
おひすがる雪をはらひ、
なめらかにあをいほのほをうつす馬にゆられて、
砂原のとほきをとぼろとぼろとゆく。


posted by Ventvert at 11:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 大手拓次の詩作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月02日

うつくしい脣(くちびる)

うつくしい脣(くちびる)


ふるへるぼたんのやうに
おまへのくちびるはひそひそと、
ひとめをはばかるおとをきき、
とほくのもののすがたをひきよせる。


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歌のゆくへ

歌のゆくへ


この歌の
おともなき みちのほとりに
ゆくりなく花をひらきし
ほほゑめる ひとときのかげ

この歌の ながれゆく
澪(みを)のかなたに
かなしみの つばくらめ
ちちと 舞へりき

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うたの心

うたの心


あめは こずゑのなかにあり
うたはざる 歌のこころの
ゆふぐれに ときめけり

posted by Ventvert at 08:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 大手拓次の詩作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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